シャケとクー(とミュウ)のぬくぬく日記

仲良く喧嘩するシャケとクー(とミュウ)の日記

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猫とハラスメント

ミュウが気持ち良さそうに眠っているところにシャケが近づき、うなじの辺りをペロペロと舐めはじめる。

”シャケのミュウに対する愛情表現なんだろうな、微笑ましいな”、なんてことを思いながら見ていると、ちょっと様子が変わってくる。

ミュウが寝そべったままシャケに猫パンチを喰らわせはじめる。どうやらミュウは、シャケに舐められるのがあまり好きではないようである。

そうこうするうちに、ミュウとシャケは猫パンチの応酬となり、ミュウがシャケを、シャー!などと威嚇したりするのである。

そもそもの喧嘩の発端は、シャケのミュウへの愛情表現から始まり、それが最終的に喧嘩にまで発展したわけで、シャケにその気がないことは明白であるが、これは結果的にハラスメントになっているのではないか、僕はそう思ったのである。

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 先日、会社が主催する研修に参加した。

その研修の中で、”あなた達が会社の中で指導だと考えているものが、その指導方法によっては指導されている人からするととても不快に感じているかもしれない、もしそうである場合、その不快に感じた人がしかるべきところに訴え出ることなどもあって、そうなると、あなた達は破滅してしまうであろう、だから気をつけた方がいいよ、あなた達が若い頃に受けていた指導や教育の方法って今は通用しねーから”、みたいことを教わった。

 

確かにそういう人って今でもいると思う。っていうかいる。僕の身近にも。

僕が今回の研修を受けている間、僕の頭の中にはずっとその人の顔が浮かんでいた。

つまり、その人は、今回の研修の内容に当てはめるとパワー・ハラスメント、パワハラを行っているということになる。

そして、僕がその人を見ていて思うことは、根拠はよくわからないが、”この人は寂しい人なんだろうな”、ということである。

指導や教育という名の下に、自分よりも立場が弱い他者と関わろうとしているように見えてしまうのである。

簡単に言ってしまえば、コミュニケーションを欲している、ってことかもしれない。他者と関わる方法は他にいくらでもあると思うが、そういう人はそういう形でしかコミュニケーションが取れないのかもしれない。そうしないと、自分が誰からも接してもらえない、と考えているのかもしれない。違うかもしれない。

そして、その関わりの中に、例の『自己顕示欲』のようなものまでが見えるような見えないような。

ヒトってほんとに厄介である。

 

話は戻りミュウとシャケ。

シャケの行為はハラスメントなのか。

嫌がっているミュウに執拗に関わろうとするシャケの行為はハラスメントになるのか。

なんか違うような気がする。

シャケはミュウよりも若く機敏なので、二匹が猫パンチの応酬や追いかけっこをすれば当然シャケに軍配が上がる。

だからといってシャケはミュウを蔑んだり、自分の身体能力を誇示したりはしない。また懲りずにミュウのうなじをぺろぺろ舐めている。

シャケは、ただミュウのことが好きなだけなのである。

そんなことは見ていればわかる。

シャケに、妙な自分を主張するような気持ちがあれば、それは僕たちにも伝ってくるはずである。

結局のところ、ハラスメントってのは、人のためと言いながら自分のために行う行為のことなんだろうなあ、そう思う。

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