結婚して間もないころ、猫を飼っていたことがある。
当時、僕たち夫婦は戸建ての家に住んでいて、ある日、猫が勝手口のところで鳴いているのに気づいたのだった。
そんなに小さくもなく、とても人懐っこかったので、たぶんどこかで飼われていたのだろうと推測したが、そんな猫が、なぜ僕の家の勝手口にいるのか不思議だった。おそらく飼い主がなんらかの理由で捨てていったんだろう。
その頃、妻は第一子がお腹の中にいて、猫を飼うのは無理だと一時は判断したのだが、そこはやはり猫好きである、結局はその猫を飼うことにした。
妻は、その猫を『にゃん太』と名付けた。メスだったけど。
にゃん太はとても利口で、テーブルの上の料理などに手を出すことは絶対なく、僕が食事をしている間、膝に座ってなにか貰えるのを黙って待っているような性格だった。
そして、とても人懐っこく、膝に乗ったり布団に入ってくるのがとにかく大好きで、僕たちはすぐににゃん太のことが好きになった。
当時僕たちは、猫の完全室内飼育などというものをまったく知らなかったから、にゃん太は気が向くと外に出ていって、しばらくするとまた帰ってくるという生活をしていた。
僕が外で、たまたまにゃん太を見かけた時に、”にゃん太”と呼んでも、呼びかけを完全に無視して歩いて通り過ぎて行くことが何度かあった。外では別のキャラクターを持っているんだなぁと思ったのを覚えている。これは、今思い出してもおもしろいなあと思う。
そんなにゃん太との思い出はたくさんあって、どれも懐かしい。
それから、にゃん太との生活は数年続き、僕たちは現在のマンションに引っ越すことになった。
僕たちが住んでいた家は、妻の両親のもので、両親が家を空けている期間だけ住んでいたのだが、両親が戻ってくるのと僕たちの引っ越しのタイミングを合わせており、にゃん太は、両親が引き続き飼ってくれることになっていた。それで僕たちは安心していた。
でも、にゃん太は、引っ越しの日の朝早く、家を出たきり帰ってこなかった。
にゃん太はなにかの事故に巻き込まれたのかもしれないし、にゃん太自身が自分の中でなにかを決めていたのかもしれない。とにかく、にゃん太は突然いなくなってしまった。
僕は今でも、時々にゃん太のことを思い出す。
そして、もう一度、にゃん太と同じ布団で眠りたいと思う。
そして密かに、シャケはにゃん太の生まれ変わりだと思っている。