ミュウとシャケのぬくぬく日記

仲良く喧嘩するミュウとシャケの日記

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IKEAのLACKでキャットウォーク

ミュウはだいたい寝ている。よくそんなに寝ていられるな、というほど寝ている。

シャケが興奮してバタバタと走り出すと、それをめっちゃクールな眼差しで見ている。興奮したシャケを第三者的視点で観察しているようにも思えるが、もしかしたら、自分もあんな風に遊びたい、と考えているのかもしれない。

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30年目のバイク

2017年6月、僕は10年間所有していたクルマを売却した。理由は、あまり乗らなくなったから、である。それからというもの、僕は自転車を日常の足としている。

自転車にはクルマのように身体をガードしてくれるものが一切付属していないので、夏は暑いし冬は寒い。そして雨が降れば濡れる。クルマに比べて快適性は著しく劣るが、僕は自転車は嫌いではない。

今はちょうど気候が良い時期なので自転車で走るのも快適だが、しばらくすると梅雨の時期になる。そして、蒸し暑い夏が来て、その夏の期間はゲリラ豪雨などに見舞われ、やっと気持ちのいい秋が来たかと思う間もなく、凍える冬が到来し、積雪による交通事故などが起きる。

もう考えるだけで憂鬱になるが、ことほど左様に日本において快適な時期というのは短いものである。しかし、僕はその四季を自転車で過ごしてきた。

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酔っ払って写真データを消去してしまった

認知症の母が入居している施設に面会に行った後、実家に行ってしたたか酒を飲んで帰る途中、ライトアップされた桜がとても綺麗。

ちょっと寄って写真を撮ろう、なんつって数枚撮影して帰宅した。

妻が、その桜の写真がほしい、と言うので、わかった、なんて返事をして、データをiphoneに転送しようとカメラの液晶画面を弄っていて、なにをどう間違えたのか、SDカードを初期化してしまった。

死んでしまおうかな、と思ったが、やっぱり止めて、すっかり泥酔しているのだから止めておけばいいのにヤケ酒のジンロックを飲んで就寝したのだった。

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思考は現実化する けど惜しい

ある日、妻から、なんか辛そうだけど大丈夫?、と尋ねられて、ドキっとした。

毎朝、単身赴任先のマンションで、iphoneのアラーム音が鳴りだす少し前から目は覚めてはいるが、布団を被ったままアラームが鳴るのを待っており、いざアラームが鳴りだしてもベッドから出る気分にはならず、いっそ今からウイスキーを飲んで仕事を休もうかな、などと思うが、そうもいかないな、などとひとりtweetしながら溜息をついてベッドから、よっこらしょと起き出して仕事に行く支度を始める。

そんで、会社では淡々と仕事をこなしながら時計ばかりが気になって、結局のところ、仕事をしながら仕事が終わるのをひたすら待っているだけなので、かえって時間は進まない。なんで俺はこれほど怠惰になってしまったのか、などと考えながらも、ゆっくりとではあるが、とにかく時間は進んでいるので、こんな状態のまま2年ほどが経過してしまったある日、妻から、大丈夫?、と尋ねられたのである。

大丈夫か?、と尋ねられると、大丈夫だ、と答えるのだが、その時、自分の心の奥の方に住んでいる人の目尻がぴくりと動いたような気がしないでもなかった。

そもそもなんでこんな状態になってしまったのか、ということを考えないわけではなかった。単身赴任をしているので、時間はいくらでもあるのである。

そして、その答えは目の前にあって、はっきりしているようにも思えるし、なにか他の様々な理由とがマーブル状になってはっきりしていないようにも思えるのだった。

とにかく、答えが見つからないというのは、なんとも気持ちの悪いものではある。

 

 3月に入って一週間ほど過ぎたある日、職場の上司に声をかけられ応接室に呼び出された。その日は4月1日付け人事異動の内示の日だったのである。

ああまた転勤か、今度はどこに行くのか、などと考えながら応接室の椅子に座り、上司の話を聞いてみると、勤務場所は現在のままで部署が変わると言う。その部署は、僕が今まで経験したことのない業務を行う部署であり、そしてなによりも、まだまだ単身赴任生活が続きそうだ、ということがわかった僕は、内示を聞きながら、もう会社辞めようかな、などと考えていたのだった。

その上司の話は、なぜ僕がその部署に異動することになったのかという経緯をくだくだと話し続けるので、僕は少し考える時間を与えられたような形になったのであるが、その時間を利用して、僕は、その部署に異動した後のことを想像してみたのである。

その部署に異動になった場合、その仕事は僕にとってまったく未知の領域であり、この歳でなにかと苦労をすることもあるかもしれない。しかし、今現在の僕の直属の上司(内示を話している上司とは別の人で、面倒なので以後、A上司という)とは別の部署に異動することになるわけで、そうなると当然、そのA上司とは距離を置くことになる。ということを想像した時点で、なんか気持ちが軽くなったのを感じて僕は驚いた。

なんか答えがはっきりしていなかったものが急にはっきりしたような気がしたのである。

最初、もう辞めようかな、などと考えていたのが、A上司と離れられる、と考えた途端、気持ちが軽くなったのである。

つまり、僕がなぜブルースに憑りつかれていたのか、その理由が判明したわけである。

そして、僕はその辛い状況からとりあえずは抜け出すことができそうである。

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新しい世界とこの季節

”春になったなあ”と思うようになった。

通勤手段が自転車ということもあり、気温や湿度など気候の変化に対して敏感になっているということもあって、”春になったなあ”などと思っているのである。まったく外の世界は確実に変化し続けている。

僕はアレルギー持ちということもあり、春という季節がそれほど好きではないが、何はともあれ暖かくなるのは嬉しい。

そして春といえば、なにかと環境が変わる季節でもあって、各人ひとりひとりに変化があったりなかったりして、その変化の有無をどのように受け取るのか、それもまた人それぞれではないかと思う。

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神社で参詣した時の感覚と日記

 自宅から歩いて30分ほどのところに神社があって、今年に入ってからというもの、僕と妻は度々ウォーキングがてらその神社に行き参詣している。

そこは歴史がある由緒正しい神社であるが、その割に参詣する人がそれほど多くなく、ちょっとひっそりとした雰囲気なのが僕は気に入っている。

鳥居をくぐって階段を上ると、そこにはご神木があって、僕はそのご神木の姿も気に入っていて、しばし見入る。

また、鳥居をくぐる時、以前はなにも意識することなく普通にくぐっていたのだが、最近ではなんとなく一礼してから通り抜けるようになったりして、なんらかの心境の変化というようなものがあったのかどうか自覚はないが、もしかしたら神社に何度も行くうちに、神聖な場所に対する畏れのような気持ちを自然と抱くようになったのかもしれない。

先日もその神社に妻と歩いて行った。ものすごく良い天気だった。そして、いつものように参詣をしている時、急になんの前触れもなく突然僕の中で腑に落ちるものがあった。

それは突然自分の中(みぞおちの辺りのような気がする)に降ってきて、それを納得するとかしないとかを選択するようなものではなく、そのまま僕の中で消化してしまって後にはなにも残っていない、そんな感じだった。

僕の身体の中に溶けてしまった、というのが表現としては近いかもしれない。

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CIAOちゅーるは猫における締めのラーメンのようなもの

ミュウとシャケが、”早くエサをくれ”、みたいな顔で僕を見るので皿にエサを入れる。

すると、当然だが、ミュウとシャケはエサを食べるのだが、食べ終わった後もなんかこちらをじっと見ている、なんてことがよくある。

これは、”エサは食べたし美味しかった、そこでなんか最後の締めになにかない?”、と言っているのではないか、と僕は思っている。

僕が若い頃、友人たちと酒を飲んだ後にはほぼ必ずと言っていいほどラーメンで締めていた。飲んだ後のラーメンという流れはごく普通のことだった。

福岡はやはりラーメンの文化が根付いている街なのである。

なので、もつ鍋のような高カロリーなものを散々食べ、二次会三次会と酒を飲んだ後でも、”じゃ、締めにラーメン行きますか”、などと言いながら当然のようにラーメン屋に行き、よせばいいのに替え玉までする、などという滅茶苦茶なことをやってきた。

そんなことを続けるとどうなるか。身体がだんだん大きくなってくる。

これは、成長に伴い身体が大きくなっているなどということではなく、脂肪などが身体に蓄積されて大きくなってくる現象、いわゆる肥満という形で身体が大きくなっているのである。

では、そもそもなぜ、酒を飲んだ後の締めが必要なのだろうか。

僕の勝手な推測であるが、締めという区切りの行為をしないとはしご酒が延々と続くから、というのが理由ではないかと思うのである。

”酒も飲んだ、ラーメンも食べた、だから今日はこれで終わり!”となんらかの線引きをする行為がないと、僕のようにだらしのない人間はだらだらとはしご酒を続けてしまうのである。

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