猫と視野(続・猫と願い事)
シャケがリビングのテーブルの下を歩いているのをなにげなく見ていたら、テーブルの下に設置されている、ちょっとした小物類が置ける棚のようなものに頭をぶつけていた。
シャケは頭をぶつけた後、なにごともなかったようにエミューみたいな歩き方でくにゃくにゃとどこかに行ってしまったが、これが人間であれば、頭をぶつけた後、誰かに見られていなかったか周囲をキョロキョロと見まわしてみたり、もし誰かに見られていた場合、無様な照れ笑いで恥ずかしさをごまかす、などという無駄なことをしなくてはならない。かっこわるい。
シャケは、日頃ものすごいスピードで走り回ったりして、動体視力が凄いなぁと常々思っていたが、少なくとも頭をぶつけた時のシャケは視野が狭くなっていたのだろう。
だから、家具の一部に頭をぶつけるなどしたと思われるが、ということは、視野が広ければ頭をぶつけることもなかったということで、視野が広いということは大事なことなのかもしれない、と考えたのである。
そんなある日、前回とは違う神社に妻と参詣に行き、おみくじを引くと吉だった。
さらに、その神社で、『パフェになりたい』と書かれた絵馬を見つけて、”これって、『パフェが食べたい』の間違いではないのか?”、などと二人でその願い事についてしばらく議論した後、コーヒーでも飲もう、ということになりミスドに入ったのである。
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猫と願い事
先日、妻と近所の神社に参詣した。
おみくじをひいてみると、吉だか末吉だったが、それはどうでもよい。
そのおみくじを境内の木の枝にくくりつけようとしている時、すでに木の枝にぶら下がっていたある絵馬が目に留まった。正確に言うと、絵馬そのものではなく、絵馬に書かれていた願い事に目が留まったのである。
そこには、『神様、助けて下さい。』と書かれていた。ただそれだけ書かれていた。
これを書いた女性(絵馬に氏名などは書かれていなかったので、実際に女性なのかはわからないが、文字の雰囲気から若い女性をイメージしたので、以降も勝手に女性ということで話を進める)の身になにが起きたのか、もしくは起きているのか、僕の想像は勝手に膨張して、この絵馬を見てからほぼ一週間が経つが、いまだにこの絵馬のことをあれこれと考えている。
続きを読む猫と年齢
今年も暮れてきた。
それにしてもなんちゅう速さで月日は過ぎて行くのだろうか、まったく。
月日が過ぎて行くということはどういうことかというと、歳をとる、ということである。
ミュウなどは以前からあんまり変わっていないように見えるが、よく見てみると確実に年齢を重ねていて、ちょっと高いところには登ることができないし、髭のあたりもビジュアル的に年齢を感じさせるようになってきた。
それは僕も同様で、先日も酔っ払って転倒し、お口まわり玉ねぎ隊の一員になったことからも体力の低下は明らかで、そんなことからも自分の年齢というものを再認識させられていたのである。
その時の傷も徐々に癒えてきたが、”俺も歳をとったなぁ、体力が落ちたなあ”、という気持ちが強く残って、世の中のメリクリとかなんとかの喧騒を横目に見ながら、沢田研二の『時の過ぎゆくままに』を口ずさみながら自転車通勤などをしていたのだった。
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猫とお口まわり玉ねぎ隊
シャケは口のまわりに模様があり、それがなんともいい味なのだが、あの模様がある猫のことを『お口まわり玉ねぎ隊』という。
Googleで『お口まわり玉ねぎ隊』と検索すると、インスタグラムやツイッターで『お口まわり玉ねぎ隊』とハッシュタグが付けられた写真がたくさんヒットする。
世の中にはシャケによく似た猫がいるものである。
中には、”これはどう見てもシャケでしょ?”と思ってしまうような猫もいて、シャケのような猫が世の中にたくさんいると思うとちょっと嬉しい気持ちになる。
続きを読む猫と発言
ミュウは寡黙な猫で、シャケがしつこく絡むなどした時に、”シャー!”とか”フー!”とか言う以外ほとんど声を出すことがない。
一方のシャケは比較的お喋りで、よく”ニャーニャー”とか、高所から飛び降りた際などは”ワン!”などとと言っている。
だいたいが、お腹が空いたとか遊んでくれ、みたいなことを言っていると思われるが、それ以外のことも言っているのかもしれない。
たとえば、”あなたが昨日帰宅した際のCIAOちゅーるなんですが、僕よりもミュウさんのほうが多かったんじゃないですか?”なんてね。
それもこれも全部僕が勝手に想像しているだけのことで、実際に何を言っているのかはわからないが、意思の疎通なんてものはその程度でいいんじゃないか、と僕は考えるようになった。
自分の意思を明確に他者に伝えようとするのだけれど、実際は自分で思っているほどは伝わっておらず、もっと言うと言語としては伝わっているかもしれないけどほんとに言いたいことが相手には響いてない、ってことを頻繁に感じるようになってきたこともあって、それならいっそのこと発言なんて必要最小限にしておいて後はできるだけ黙っていたほうがいいんじゃないか、と考えるようになったのである。
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